バケモノの子 感想・考察 part2

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バケモノの子


part1に引き続き、バケモノの子の感想・考察を行います。

part2では、蓮と熊鉄、多々良と百秋坊の関係性に焦点を当てて感想・考察を綴っていきます♪

師匠(親代わり)の熊鉄が九太に苛立つシーン

熊鉄苛立つ

九太に猪王山と比較され、苛立つ熊鉄。

「だいたい俺は暇じゃねえ!まき割りや左官や茶摘みのバイトで稼いでんだ!」
「あいつの分まで余分にな!」
「なのに、なんであんな言い方されなきゃいけないんだ!」

すると、多々良

「いいぜー、独り身は!」
「責任もねえし、面倒臭いこともねえし……」


熊鉄、全ての親を代表するかの言葉ですね笑

タイトルである「バケモノの子」が九太なのであれば、
「バケモノの親」は熊鉄ですね。

親の頑張りというのは、子には見えづらいものです。
子供一人育てるのがどれだけ大変か……。
9歳の九太にはわかるはずもありません。

九太は昼間、猪王山の忙しい合間を縫って弟子の指導をする姿を見ています。
九太は熊鉄に、猪王山のようにもっと自分を指導してほしいと嫉妬したのでしょう。

現実世界に置き換えてみれば、
友達の親は優しくて、いつも新しいゲームを買い与えてくれる。
一方、自分の親は厳しくて、全く新しいゲームを買ってくれない。
その背景にはいろいろな要因があるのでしょうが、
子供には理不尽な不平等を押し付けられているように見えても仕方ありません。

そして、多々良の言葉。

こちらは、全ての独身貴族を代表する言葉ですね笑

弟子がいなければ、
弟子の指導をする必要もなく、食い扶持が一人減ります。
つまり、その分、時間と金銭的な余裕ができるわけです。

同じく現実世界に置き換えてみれば、
子供がいなければ、
子供の世話をする必要もなく、学校に通わせることもなく……、
多くの時間と金銭的な余裕が得られるわけです。

そう考えると、なぜみんな子供を育てるんでしょうね。
成り行きですか?世間体ですか?寂しいからですか?

そして、なぜ、宗師様は熊鉄に、「弟子を取りなさい」と言ったのか……。

一つの答えが次のシーンにあります。

修行をした九太と熊鉄の稽古を見る猪王山と宗師様のシーン

猪王山と宗師様

九太は来る日も来る日も熊鉄と修業し、腕を磨いていきます。
ついには17歳になった九太。

ある日、夕日をバックに稽古をしている2人を
遠くから猪王山と宗師様が見つめます。

猪王山「人間の子供をよくぞあそこまで。」
宗師様「より成長しているのは熊鉄のほうじゃ。」

前者は、弟子の九太の技に注目した猪王山の発言。
後者は、師匠の熊鉄の技に注目した宗師様の発言。


なぜ、宗師様は熊鉄に、「弟子を取りなさい」と言ったのか。
熊鉄の成長を促そうとしたという思惑があったのは確かでしょう。

最初から完璧な親なんて、どこにもいないわけです。
子供は親から多くのことを学びますが、
逆に、親も子供から多くのことを学ぶのです。

直接的ではありませんが、私は以上のようなメッセージを、
こちらのシーンから受け取りました。

旅を終えた2人

旅を終えた2人

宗師様が熊鉄に言います。
「弟子を連れて諸国を巡る旅に出よ」
「名立たる賢者たちじゃ。真の強さを知る手がかりが掴めるであろう。」
そして、熊鉄、九太、多々良、百秋坊は旅に出ます。


諸国の賢者たちは、強さについて問われて様々な返答をします。
強さとは何か?
この問いの答えは、考察する必要もなく、旅を終えた九太が次のように発言しています。

「強いっていろんな意味があるんだな。どの賢者の話も面白かった!」

さて、ここで注目したいのは、旅を終えた後の熊鉄と九太についてです。

旅の最後の夜、
百秋坊は九太にこう言います。

百秋坊「たまに、うむなるほどと思うことがある。」
九太「意味は自分で見つけろ」
百秋坊「そう、一理あると思ってな。」

そう言われた九太は、旅を終えた後、
熊鉄になりきることに挑戦し始めます。

つまり、熊鉄から全てを教わろうという考えを改め、
まず、熊鉄になりきるところから始め、意味を自分で見つけ出そうと考え始めます。

一方、熊鉄は最後の夜、
多々良は昔の熊鉄と今の九太が似ていることを指摘した上で、

多々良「もしこのまま師匠を続ける気なら、ガキの頃の自分が本当はどうしてほしかったかを、ちゃんと頭から思い出して見るんだな。」

熊鉄はこの忠告を受けて、
九太を頭ごなしに怒鳴り散らすことを止めます。

たとえ、九太が熊鉄になりきって、自分の行動を真似されたとしても、怒らなくなります。

お互いにすれ違い続けた2人が、
百秋坊と多々良のアドバイスによって近づき始めていく。

バケモノの子、数ある名シーンの一つだと思います。

蓮の成長を見守る多々良と百さん

多々良と百秋坊

熊鉄VS猪王山
辛くも猪王山に勝利した熊鉄。
しかし、試合の直後、
闇に呑まれた一郎彦は熊鉄に剣を放つ。
それを見た蓮は感情的になり、蓮もまた闇に呑み込まれそうになるが、踏みとどまります。
そして、蓮は完全に闇に呑まれた一郎彦を倒すことを決意します。


百秋坊に「熊鉄の敵討ちのつもりか」と問われた蓮。
闇に乗り込まれなかった理由を以下のように説明しています。

俺と一郎彦は同じで。俺は間違えたら一郎彦みたいになっていたかもしれない。
そうならずに済んだのは、俺を育ててくれたたくさんの人たちのおかげだよ。
多々良や百さんやみんなの。

立派な大人に成長した蓮の言葉です。
その後、多々良と百秋坊は蓮の言葉を受けて、2人はこう会話しています。

最初は生意気で嫌なガキでな。
面倒見てやっているのに、ありがてえとかいう顔一切しねえ。
気付いてみたらあんなに大きくなって。
誇らしいのう。
誇らしいぜ。

「バケモノの子」が蓮であれば、「バケモノの親」は熊鉄と上で述べましたが、訂正します。
実の親と離れて暮らす蓮にとっては、蓮と関わった全ての人が、蓮の親なのかもしれません。

親の目線から以上のシーンを見ると、
子の成長は親が思うよりも早いという見方もできるように思います。
そして、そのことに対して、一抹の寂しさを覚える親心も見えるシーンになっています。

年頃の子を持つ親としては、考えさせられるシーンではないでしょうか。


こうして、印象的なシーンを取り出してみると、
親と子の成長が1つのテーマとして、物語が進んでいるように見えますね♪
最後は物語の核心に関するシーンの考察を行います。
part3も見てくださいね♪
バケモノの子 感想・考察 part3